多様な性自認を理解するための第一歩:性自認・性的指向・身体的性の違いを明確にする
多様な性に関する議論が増える中で、「性自認」「性的指向」「身体的性」といった言葉を耳にする機会も増えているのではないでしょうか。これらの概念は互いに密接に関連しているように見えますが、それぞれが独立した要素であり、その違いを理解することは、多様な人々が共生する社会を築く上で不可欠な第一歩となります。
この概念の混同は、時に不本意な誤解や不適切なコミュニケーションを生じさせる原因にもなり得ます。本稿では、多様な性自認について学びを深める第一歩として、これら三つの概念について基本的な定義とそれぞれの違いを解説し、なぜその理解が重要なのかを考察します。
性自認(ジェンダー・アイデンティティ)とは
性自認(Gender Identity)とは、「自分自身がどの性別であると認識しているか」という個人の内面的な感覚を指します。これは、他者からどのように見られているか、あるいは生まれたときに割り当てられた性別とは必ずしも一致しません。
例えば、生まれたときに身体的特徴から「女性」とされた人が、自分自身を「男性」であると認識している場合、その人の性自認は男性です。また、「男性」「女性」という二分された性別の枠にはまらないと感じる人々も存在し、その性自認は「ノンバイナリー」や「Xジェンダー」などと呼ばれます。
- シスジェンダー: 出生時に割り当てられた性別と性自認が一致する人を指します。
- トランスジェンダー: 出生時に割り当てられた性別と性自認が一致しない人を指します。例えば、身体は男性として生まれたものの、性自認は女性であるという場合などです。
性自認は非常に個人的で多様なものであり、人によっては時間の経過と共に変化することもあります。
性的指向(セクシュアル・オリエンテーション)とは
性的指向(Sexual Orientation)とは、「どのような性別の人に恋愛感情や性的魅力を感じるか」という、感情的・性的な惹かれの方向性を指します。これは、個人の性自認とは異なる概念です。
例えば、性自認が男性である人が女性に魅力を感じる場合もあれば、男性に魅力を感じる場合もあります。あるいは、特定の性別に関わらず、すべての性別に魅力を感じる人もいます。
代表的な性的指向には以下のようなものがあります。
- ヘテロセクシュアル(異性愛者): 自分とは異なる性別の人に惹かれます。
- ホモセクシュアル(同性愛者): 自分と同じ性別の人に惹かれます。
- バイセクシュアル(両性愛者): 男性と女性の両方に惹かれます。
- パンセクシュアル(全性愛者): 相手の性別に関わらず、人に惹かれます。
- アセクシュアル(無性愛者): 誰に対しても恋愛感情や性的魅力を感じません。
性的指向は、その人の性自認によって決まるものではなく、それぞれ独立したアイデンティティの一部です。
身体的性(出生時に割り当てられた性)とは
身体的性(Sex assigned at birth)とは、一般的に出生時に医師によって外見的な身体的特徴(生殖器など)や染色体、性腺などに基づいて判断され、割り当てられる性別を指します。これは「生物学的性別」とも呼ばれることがあります。
多くの社会では、この身体的性を「男性」または「女性」のいずれかに分類します。しかし、生まれつき身体の性が「男性」とも「女性」とも断定できない特徴を持つ人もおり、そのような人々は「インターセックス(性分化疾患)」と呼ばれます。
身体的性は、性自認や性的指向とは直接的な関係を持ちません。例えば、身体的性が女性である人が、性自認は男性であり、性的指向は女性であるということもあり得ます。
なぜこれらの違いを理解することが重要なのか
これらの三つの概念を区別して理解することは、多様な人々が互いを尊重し、より良いコミュニケーションを築く上で不可欠です。
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誤解や偏見の解消: 「トランスジェンダー」という言葉を聞いた際に、「同性愛者」と混同してしまうケースがしばしば見られます。しかし、トランスジェンダーは性自認に関わることであり、同性愛は性的指向に関わることです。この違いを理解することで、不正確な情報に基づく誤解や偏見を防ぐことができます。
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個人の尊厳の尊重: 性自認、性的指向、身体的性のそれぞれが、個人のアイデンティティを構成する重要な要素です。これらの概念が独立していることを認識し、相手が自ら表明する性自認や性的指向を尊重することは、その人の尊厳を尊重することに繋がります。
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DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)の推進: 職場や社会において、すべての人が安心して自分らしく過ごせる環境を作るためには、多様な性のあり方を正しく理解することが基礎となります。これらの概念の違いを明確にすることで、例えば、トランスジェンダーの社員が自身の性自認に合わせた職場環境(トイレの利用など)を求める際に、その要望を適切に理解し、配慮を検討するための土台ができます。
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適切な言葉遣いと配慮: 相手の性自認を尋ねる際は慎重な配慮が必要です。基本的には、相手が使ってほしいと表明する代名詞(彼、彼女、彼らなど)や呼称を用いることが重要です。また、安易な決めつけをせず、相手の言葉に耳を傾ける姿勢が、より良い関係性を築くことに繋がります。
まとめ
性自認、性的指向、身体的性は、個人のアイデンティティを構成する異なる要素であり、それぞれ独立しています。これらの違いを理解することは、多様な人々が共生する社会を築く上で不可欠な基礎知識です。
この知識を深めることで、私たちは個人の尊厳を尊重し、誤解に基づく偏見を解消し、職場や社会におけるDE&Iの推進に貢献することができます。多様な性について学び、共に考えることは、より包括的で誰もが安心して過ごせる社会を目指すための大切な一歩となるでしょう。